AIという言葉を聞かない日はなく、日々新たなニュースが出ています。
最近では、DeepLの翻訳技術が世間を賑わせました。
特に、ディープラーニングは人間の脳を模していることもあり、あまりの進歩の速さにAIに不可能なことはないのではないかと錯覚してしまいます。
しかし、AIが苦手で人が得意なことも今なお多く残っています。
例えば、時々刻々変化する状況に合わせて臨機応変に対応することはAIは苦手です。
このような違いに対して、「人間の脳とAIでこのような差異を生む要因は何だろうか?」と疑問に思ったことはありませんか?
本記事で紹介する「生命知能と人工知能 AI時代の脳の使い方・育て方」はこんな疑問に答えてくれる本です。
本記事では、特に下記3つの観点で人間の脳とAI を比較しながら本書を読み進めて行きたいと思います。(ところどころ個人的な意見もありますが・・・)
目次
「生命知能と人工知能」の概要
本記事で紹介する本は『生命知能と人工知能 AI時代の脳の使い方・育て方』です。
著者:高橋宏知
1975年生まれの研究者です。
現職(2022年現在)は、東京大学大学院情報理工学系研究科(知能機械情報学)准教授であり、著者の専門は「エンジニア視点での脳科学」であり多くの業績を残しています。
出版社・発行日
2022/1/14 に講談社より出版
本書の概要
タイトルにもある「生命知能」は聞き慣れない言葉ですが、本書では、脳や生物に宿る知能を「生命知能」と呼んでいます。
『人工知能』との違いとして、現在の人工知能は「自動化の技術」であるのに対し、生命知能は「自律化のためにある」としています。
著者は『人工知能』と『生命知能』を隔てる要因として『意識』を上げており、「人工知能時代を楽しく幸せに生きていくためには、人工知能的な戦略と生命知能的な戦略を両輪として、意識システムをフル活用することが重要である」と主張しています。
一方、2022年現在、人工知能はますます発達し、生命知能は次第に衰退しているように感じてもいます。
本書では『楽しく豊かな人生を送ることを究極の目的』として、『脳と人工知能を対比しながら、脳の動作原理を考察し、その使い方と育て方』を考察しています。
本書は3部で構成されています。
第1部「私たちの脳と計算機」
第1部「私たちの脳と計算機」では、脳の動作原理から「生命知能」の理解を目指しています。
まずは、脳と電子回路のハードウェア上の制約とリバースエンジニアリングアプローチを通じて、「なぜ、生命知能は低速クロックの並列計算を採用し、人工知能は高速クロックの逐次(シリアル)計算を採用するという設計解に至ったのか?」その理由を解き明かしています。
次に、脳の動作原理をダーウィニズムで説明可能であることを示し、ダーウィニズムによる知能の獲得から「生命知能」に「賢さ」を見出します。最後に、エネルギー効率の観点からも考察しています。
第2部「知能とは何か」
第2部「知能とは何か」では、筆者の研究を通じて、「生命知能」と「人工知能」の2種類の知能の違いを「学習方法」という視点で考察しています。
著者は、「人工知能」が問題解決のために徹底的に神経回路を最適化する戦略をとっているのに対し、積極的に多様性を利用して問題を解決する戦略を「生命知能」と名付けました。
第3部「知能を支える意識」
第3部「知能を支える意識」では、芸術・科学・宗教などの文化を生み出した脳の動作原理を解明しています。
複数の感覚を統合したシミュレーション可能な世界のことを意識としています。脳は、リアルタイム処理できそうな量だけ、大切そうな情報を選別し、タイムスタンプを付けたうえで、独自の意識の世界で現実世界を再構築しました。
意識の世界における時間軸上の前後関係が、因果性の推論に決定的な影響を与えました。因果性の推論能力が社会性を発達させたとしています。
目次
- はじめに
- 序章 人工知能化が進む日本社会
- 第1部 私たちの脳と計算機
- 第1章 脳という巨大な情報システム
- 第2章 「進化」から見る脳
- 第3章 脳は勝手に動く
- 第2部 知能とは何か
- 第4章 生命知能を創る
- 第5章 知能はどう育つのか?
- 第3部 知能を支える意識
- 第6章 意識とは何か
- 第7章 人工知能は芸術作品を創れるのか?
- 第8章 意識が科学と宗教を生んだ
- 終章 強い生命知能と豊かな意識を育てるために
- おわりに
読書上の観点①:採用している数理モデルの違いは何か?
「生命知能」はリカレント・ニューラルネットワーク(*)という数理モデルを採用している可能性が高い。
*一度処理した情報が他の素子で処理された後再び自分に戻ってくる
「人工知能」はフィードフォワード・ニューラルネットワーク(**)という数理モデルを採用している。
**情報が元の素子に戻ることはなく入力層から出力層に向かって一方向に流れる
ハードウェアのアーキテクチャの違いが数理モデルの違いを生んだ
生命知能と人工知能ともにニューラルネットワークを採用していることは共通していますが、ニューラルネットを実装するハードウェアのアーキテクチャは大きく異なっています。
この違いが入力情報と出力情報を適切に関連付けるための設計解に違いをもたらしています。
生命知能が低速クロックの並列計算を採用しているのに対し、人工知能は高速クロックの逐次(シリアル)計算を採用しています。
この入出力情報の関連付け方法の違いが、同じニューラルネットワークでも両者に異なる数理モデルを適用するに至っています。
神経細胞は1万のファンイン・ファンアウトの素子ということになりますが、デジタル回路のファンイン・ファンアウトは多くても10程度です。
「生命知能と人工知能」 第1章 脳という巨大なシステム
実際に前述のように、神経回路の構造から、神経回路はフィードフォワード型ではなく、リカレント型であると考えられます。その根拠は、神経細胞の大きなファンイン・ファンアウト構造です。
「生命知能と人工知能」 第1章 脳という巨大なシステム
このようにして、入力情報と出力情報を適切に関連付けるための設計解として、計算機では高速クロックkの逐次計算、脳では低速クロックの並列計算が採用されたと筆者は考えています。
「生命知能と人工知能」 第1章 脳という巨大なシステム
読書上の観点②:問題解決へのアプローチの違いは何か?
「生命知能」は、ダイナミクスの貯蔵庫から目的に合わせてその利用方法を最適化している。
「人工知能」は目的に合わせてネットワーク内のすべてのパラメータを最適化している。
数理モデルの違いが問題解決へのアプローチの違いを生んだ
数理モデルを使って予測や分類など問題を解くためには最適化が行われます。
ここでは、「生命知能」と「人工知能」の数理モデルの違いによる最適化対象の違いを整理します。
「生命知能」は学習にダーウィニズムという戦略を採用していると思われます。
脳にとって学習とは、序盤に多くの神経細胞を情報処理に参加させて、神経活動の多様性を増やすことで、効率的に解を発見します。そしていったん、解を発見した後、学習の終盤にはムダな神経活動を排除し、効率的な情報処理を獲得します。
脳は100億個の素子、1万のファンイン・ファンアウトで構成されており組み合わせの数は膨大です。しかも生き物であるため、その関係性は一定ではありません。
言い換えると、脳には多様なダイナミクスが貯蔵されています。
「生命知能」は、ダイナミクスの貯蔵庫から目的に合わせてその利用方法を最適化ししているのです。
「人工知能」は誤差逆伝播法という方法を採用しています。この手法では、ネットワーク内のすべてのパラメータを目的に合わせて力技で最適化しています。
リザバー計算の発想は、ニューラルネットワークを力づくで最適化するのではなく、利用することです。
「生命知能と人工知能」 第4章 生命知能を創る
(中略)
「脳のフィジカル・リザバー計算では、脳のダイナミクスを利用して、目的関数を実現する」となります。
これらの結果から、やはり脳の情報処理と学習の基本原理は、ダーウィニズムであると考えられます。脳にとって学習とは、序盤に多くの神経細胞を情報処理に参加させて、神経活動の多様性を増やすことで、効率的に解を発見します。そしていったん、解を発見した後、学習の終盤にはムダな神経活動を排除し、効率的な情報処理を獲得します。やはり多様化と選択の2ステップなのです。
「生命知能と人工知能」 第5章 知能はどう育つのか
読書上の観点③:問題に対するアプローチの違いは何か?
ここは、本書を読んだ私の考え(ほとんど妄想)です。
「生命知能」の学習方法は強化学習に近いのでは無いかと個人的に考えています。
強化学習とは、ある環境内におけるエージェントが、現在の状態を観測し、取るべき行動を決定する問題を扱う機械学習の一種です。エージェントは行動を選択することで環境から報酬を得る。強化学習は一連の行動を通じて報酬が最も多く得られるような方策を学習します。
キーワードは、「環境・状態・行動・報酬」です。
強化学習だと考えると「生命知能」には3つの特徴があるのでは無いかと考えます。
「生命知能」の特徴①:多様な問題に対応出来る
まず、感覚器が知覚した情報から状態を設定し、行動を選択します。行動の結果を感覚器が知覚して報酬(ドーパミン)を獲得します。試行錯誤により報酬(ドーパミン)が最大になる行動を最適化します。
「生命知能」では、状態に合わせて脳のダイナミクスの利用方法を最適化しているため多様な状態に対応出来ます。つまり多様な問題に対応できます。
一方、「人工知能」は、目的別にパラメータが最適化されるため複数の問題に対応出来ないです。
「生命知能」の特徴②:他者の学習をトレース出来る
ミラーニューロンにより相手の行動を自分の行動として「経験」しています。
つまり、他者の知覚情報を脳内に生成出来るようになりました。
これは脳内に仮想的に他者の環境・状態・報酬を作り上げ学習をトレース出来るようになったことを意味しているのでは無いかと思います。
「生命知能」の特徴③:未体験の問題を想像し学習出来る
さらに、生物の脳は、タイムスタンプを付与したうえで意識の世界で世界で現実世界を再構築しています。意識システムにより未来が予測できるようになりました。
これは、知覚したことのない環境・状態・行動を脳内でシミュレーション出来ることを意味しています。
つまり、「生命知能」は未体験の問題を想像し学習出来ると言っていいのかもしれません。
まとめ
本記事では、『生命知能と人工知能 AI時代の脳の使い方・育て方』を紹介しました。
記事の重要ポイントは以下です。
「生命知能」はリカレント・ニューラルネットワーク(※)を採用している可能性が高い。
※一度処理した情報が他の素子で処理された後再び自分に戻ってくる数理モデル
「人工知能」はフィードフォワード・ニューラルネットワーク(※)を採用している。
※情報が元の素子に戻ることはなく入力層から出力層に向かって一方向に流れる数理モデル
「生命知能」は、ダイナミクスの貯蔵庫から目的に合わせてその利用方法を最適化している。
「人工知能」は目的に合わせてネットワーク内のすべてのパラメータを最適化している。
「生命知能」は多様な問題に対応し、他者の学習をトレースし、未体験の問題を想像し学習出来る
脳がダイナミクスを生み出す方法・現実世界を再構築する方法・未来の世界を予測する方法につてもご参考ください。
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